2015年07月28日

世界石油戦争

世界石油戦争
DSCN0023.jpg

石油、というと思い出すのは武谷三男の「原子力 闘いの歴史と哲学」の。。

 P121 「火力発電では10年後に燃料輸入のために外貨消費が大きくなるので原子力をやらねばならぬ、とことごとく言っていた。私はその意見を批判して、現在のやり方では原子力でも同じだけの外貨が要る、と本欄にも書いたことがある。」

 であるんだが。。2013年時点。。ではないか。。2015年の時点でこれをみたときどうなんだか。。
ふつうよくある、PDCでは。。結果がどうだったか確認することになっている。

 まあ、全部みなおしているとちょっと保たない。。ということもあり。。さらっと。

 

 現在の原油先物価格が、47ドル。ドルは123円ぐらいだろう。。

 原油のそれが、120ドル、ドル100円ぐらいだったときと。。比率がどうなのか?外貨消費が大きくなるのか、緩和はどうなのか。。いささかよく考えてみなくても。。といってもそれは。。それがゆえにこの結果である。確認しないのはなんだか。。

 まあ。やめとく。

 

 
posted by mon at 22:49| Comment(0) |

原子力 闘いの歴史と哲学

 前項の「世界金融戦争」から有名な科白を介して、自然にこの本に辿り着く。その科白がこの本にあったと思っているのだが。。言葉自体はみつけられなかった。

 DSCN0022.jpg

 もちろん細かく追いたい。ここでは「東京が壊滅する日」の参考、文章の理解になる程度のそれを挙げておくに留める。こんな本である、と知るのと知らないのではその示す意味の理解が違ってくる。

 。。やっと、直接的に関係するところまで辿り着いたわけだが。。嬉しくもなんともない。現状であれば、これだけ「情報流通」がしっかりしている。雑誌がある。ネットのこういった方法も潤沢である。ホテルや旅館の予約もすぐできる。東京と地方という誤解も昔のようにはなくなってきた。名産もすぐに手にいれられる。風光明媚な浜を旅して楽しむことはできたはずである。またその良さを書く。。本来、善いことしか起こりえなかったはずだった。

 事実は違うと認識せざるを得ない。

 DSCN6569.jpg

「東京が壊滅する日」から引用させていただく。著者には申し訳ないんだが。。はなはだ難しい、のである。
 だいたい。。核反応が「どのぐらい続くか」って一般では知られていないから、「なんか電気のスイッチみたいにすぐ切れる」と思っている場合が多い。。。そうではないわけだ。でも、難しすぎるところがあり、

 同じようなところがある。

 P270「そして、かつては原子力の平和利用を主張していた物理学者・武谷三男氏が「原水爆実験」「安全性の考え方」などを出版して、アメリカの原子力実験による放射能汚染の放置を痛烈に批判し、さらに「原子力発電」で原発の危険性を論破した。」

 さらっと。。。これ云われてわかるだろうか。。

 その前段階。。から、批判までの経緯がこの上の「原子力 闘いの歴史と哲学」にすべて書かれている。
なぜか。。311ページで終わっているのは今みつけたんだが。。ほ。。ほんとかよ。。
 
 311

だった。。まあこういうのに意味をもたせる方も多いし。。こういうの好きでしょう。。でもここでは事実を取る。
 
 原子力 闘いの歴史と哲学」から。。

 P87 1956年の話である。
「ところが、日本には現在原子炉の技術はまったくない。米国ですら現在は動力用原子炉は研究中にすぎない。それを日本で5ヶ年間で実現するというのだが、どういう根拠から5ヶ年ということができてきたのであろうか。〜」

 P106 10 原子力の現段階と湯川博士の辞任

 いや。。まあもうねえ。。これは読みたいわけではないんである。あまりに。。

 P123 関西原子炉反対の住民運動

 P214 原子力の原理
    ここは、誰にもわかるように簡単な解説をされている。もっと凄い話もあるからぜひ読まれたい。P223「私は、戦時中。。」

 P246 「したがって、我々としては、いつ我々の近くにある工場が爆発するか、爆発だけならいいけれども、このごろはいろいろなものを作っていますから、爆発と同時にどんな有毒ガスが出てくるかということは誰も知らない、つまり秘密ですからね。」
  
 。。わりと。。ざっくばらんである。爆発だけでもよいわけがない。

 最後の章に公害の話もでてくる。

 P265 「人体への影響を直接医学的に検出するということは不可能なことです。ですから突如として白血病が起ったり、寿命が短くなったりすることが統計的にはあきらかになっているのです。微量で長期の影響ということのもっとも基本的な問題なのです。」

 。。原子核の物理学者の発言だから。。「人体への影響を直接医学的に検出するということは不可能なことです」これは、物理学的な見地の話でもある。。いまだと「測定器で測れる」なんて話がでてきてしまいそうだが、そういう意味のところでもない。認識とか観測に関わるところで「直接」「直截」、と言っておられると思う。。。そういうところを加味しておく。

 ただ。。もうこのとき。。「統計的にはあきらかになっている」ということだった。科学的な検討を得たのちに「かつては」から「批判」に変わったのかもしれないことが推し量れる。

 「たとえば、鉛の問題についても、戦前の鉛中毒というのは、鉛工場で働いていたり、鉛の入ったおしろいをつかった結果まったくヨタヨタになってしまったのを「鉛中毒」と言っておりました。ところが、今日になっても、そんなことを言っていたら大変なことになります。」

 「鉛」がでてきた。。戦前から「鉛中毒」というのは「あった」らしい。つぶさには知らないのだが。。

 これで。。先の。。

 水銀 鉛 水
 http://bunken.sblo.jp/article/157419041.html

 という項を介さなくても、直截、「すいすい暗記 社会」からダイレクトリンクできる。

 原子力 鉛。。

 である。そしてこの「水銀」と「鉛」をまず排泄することが、

 「今また本書で大被害と対策を呼びかけなければならないのは悲しむべきことである。」

 この対策の一つになり得る。その根拠は「チェルノブイリの被害」に一行論文が記載されているが、みたことはない。まあ、どうであっても水銀とか鉛とか。。排泄しておくにこしたことはないはずだ。

 この311ページの本がある、ということだけでも、上の広瀬さんの記載は理解しやすい。
 
 「東京が壊滅する日」から、

 「天才物理学者・武谷三男氏が、この危険な暴走する原子力政策に異議を唱えて彼らと訣別したのが、この時代であった。」

 。。おそらく。。この広瀬隆さんの評価がなければ、この「原子力」という本は叩きつけていたに違いない。先生が、「捨てちゃだめですよ」って言っていたから本を残してあっただけである。それを開いたのもまた、東京が壊滅する日に警鐘があったからである。

 もう。。これを手にしたとき。。こう読んでいるんだが。。有毒ガス。。白血病。。寿命が短く。。

 

 。。まず鉛と水銀を排泄することが先であるだろうと考えている。それらは定量的な方法が存在する。
 
大事なところは。。書名は割愛させてもらって。。

 「今また本書で大被害と対策を呼びかけなければならないのは悲しむべきことである。」

  P265 「人体への影響を直接医学的に検出するということは不可能なことです。ですから突如として白血病が起ったり、寿命が短くなったりすることが統計的にはあきらかになっているのです。微量で長期の影響ということのもっとも基本的な問題なのです。」

 「統計的にあきらかになっている」ことと、「微量で長期の影響ということのもっとも基本的な問題なのです。」という意見を傾聴していいと思う。それなしでは、
 
 「このようにして、大切な身體のことを忘れて、物慾に目がくらみ、氷のはりつめた谷をわたるような危険な生活をして、ついにこのような結果になったのである。」

 傷寒論をみても。。そっけない。それにそんな経験はこの書物にない可能性があるのが一番の懸念でもある。

 何か対策しておく。次に何を読むかは自由である。台所に立つのがいちばん早いとは思う。

 

 

 
 

 
posted by mon at 22:11| Comment(0) |

世界金融戦争

 個人的な感覚のroute、路では、

 聖徳太子の「日本が沈む日」 秘書「未来記」の全貌
 http://bunken.sblo.jp/article/157565479.html

 から、一気に2000年、2012年まで飛べる。他を追うと、1900年ごろか。。まるでどこにも出られない。。上に行こうとしているのに、どのルートも。。壁になっているような。。どうしても立ち止まってしまう。壁がある。わからないことだらけになってしまう。
 そのキーとなる本を置いて、のんびり旅行でも楽しもうと思っていたし、実際に近いことはしていたが。。7/24日からの確認ではそんなところでもない。

 いや1000年近く。。飛ばしてしまって。。ってのはあるのだが、50年=1日にしてしまえば。。

 DSCN0019.jpg

 そういった2000年ごろのそれも。。これが原因となっていると考えられるわけである。

 まあいろいろ頁を折り曲げてはいるんだが。。省く。

 自分は現状の金融システムは「社会保障を担保にした中央銀行システム」と捉えていて、それはかなりの発明に思えた。だから「すいすい暗記 社会」かなんかで、社会保障を確認するつもりではいるんである。

 で、2000年頃と今とではかなり認識は変わってきているが。。2000年→2009年ぐらいまでは、なんとか「うまく」持ちなおしたようにみえたわけである。ただ、その頃だったと思う。懸念すべき情報がポツポツと無料のニュースに流れていた。
 個人的な見解である。その持ち直したはずのそれにトドメを刺したのは、2013年であったと考えている。

 

 相場に必須。

LTCMが破綻したときのその本があったんだが。。あれってソ連の債券が計算外の行動したから、ではなかったけ。。それって1990年ごろだったんではなかったんだろうか。。

 まあそのへんは気にするのが「当然」である。
 
posted by mon at 21:11| Comment(0) |

白村江の戦いと壬申の乱

白村江の戦いと壬申の乱
DSCN0018.jpg

これもわけがわからない話なのだが。。まあ我慢して、序をみる。

 隋が滅び、唐の時代である。
 
 唐は、百済、高句麗を滅ぼしたそうだが。。新羅には寛容であったそうである。

 公式?な見解では、「唐は百済討伐にのりだすが、百済残党は倭の助けを借りて白村江で唐と戦うことになる」とある。その後もいくつか気になるところはあるが。。控えておく。

 
posted by mon at 20:49| Comment(0) | 日記

聖徳太子の「日本が沈む日」 秘書「未来記」の全貌

 この一連の確認は、7/24から始めている。

 東京が壊滅する日
 http://bunken.sblo.jp/article/155934403.html

 の警鐘に依って、
 
 すいすい暗記 社会
 http://bunken.sblo.jp/article/155931528.html

 を見ている。おもいがけなく、けっこう楽しい。これだけでもリンクがかなりできてきた。

 楽しんでいるばかりではなく、基本的な考え方は、

 砂漠と氷雪の彼方に
 http://bunken.sblo.jp/article/156664799.html

 である。再掲する。

 「人々は生き抜く執念の素晴らしさで感動する。僕はこんな甘い上っ面のことには興味がない。
  それよりも彼がいつの時点でこのような最悪の事態に陥ることになったのか、組織としての失敗、
  個人としての失敗が必ずあるはずだ。元気になった笑顔もいいが、ここの部分を明確に伝えることが、
  このような事件を二度と起こさせない力になるのである。」

 リンクをみると。。「古代国家の形成」のところばかり気にしているように思う。これはやはり個人的な歴史の見方によるバイアスだろうと思う。それを説明すると、

 7000年前 シュメール
 2500年前 ブッダ(また、それ以前のブッダ)
 2000年前 黄帝内経
 1500年前 古代国家形成(日本)
 100年前  江戸から明治への変遷
    0年前 現在

 という見方をしている。トピックで扱うべき「重要な変化」はそれぐらいと考えている。あと。。この見方だと「現在」を固定しているわけはない、というのが好都合なんである。もちろん、現在が動いているわけでもないんだが。。固定はしていない。そこが好都合。

 と共に、この見方はたいへんに申し訳ない。あれもこれも。。そぎ落としてしまっている。

 というのは、けっこう難しい問題があるからである。「家」「命脈」って問題だが。。普通。。それは問題と云うより誇りである筈だ。ところが、まあ好き勝手に書いて、そうであっても迷惑をかけるのは潔しとしない。

 現実にこれら歴史の「名」を継いでいる方々が現にいる以上、おいそれとは書けない。

 また、歴史には出自が明記されていない場合も多い。しかし、事実としてあり得ない。

 さらに、歴史になんとでも名を残す、なんて歴史に残っている方はしないと、やわらかく考えている。
ただ、なんとなくだが、このトピックに残っているところでそういうものが「紛れ込んでいる」ようにみえてしまう。その判別の仕方は簡単である。会ってみればいい。

 もし、会えない、現存していても会えない、赴いてもなにもない、納得できないなら、「それはなにか検討すべき」と考えて妥当に思える。それを武谷三男先生は「特権と人権」という本で提唱されていた。

 そこの考え方を教えてくれる本が、この大和古流21世、の本である。HPもある。武術の達人でもある。

 そして聖徳太子は、この国の歴史の最大の功績であると同時に最大の謎でもある。また、格好良い。格好良いが、なにか不安な要素も含む。人間の行いって、起きてなんかやって寝る、である。それが見えてこない。伝説が多すぎる。

 この大和古流の方の本も、その伝説に「現代的な視点」であたるととんでもない誤謬を生むことすら書いてある。「いやそれは歴史の時間的に。。」などという話ではないわけだが。。たいへんなんである。

 もうひとつ重大なところがある。100年前の江戸から明治への変遷のときに、それ以前の情報を再構築した可能性はかなり高いと考えている。ここは、歴史の変遷というより、誰を歴史に残すか、という戦いだったように思われるのだが。。

 もしそこを確認するときに、この尊敬できる方の言をそのままとることはできないのである。自分はいくつも著書を読んだ上、仮に、そうであっても、日々鍛錬を惜しまない方の話である。傾聴するべきだと考えているのだが、実にここが難しい。

 この難しさが。。先に記載を確認した「籠もよ」の歌。。雄略天皇の歌の捉え方である。「支配宣言の歌」とされる。「はい、そうですか」と云えるのは、尊敬ができて、現実にそこで利益を得られる場合である。誰も略奪者や詐欺師を尊敬しない。それにさまざまな感情がある。嫉妬程度ならまだいい。ここについては、いろいろ検討した上、武谷先生の「安全性の考え方」を導入する。

 利益、といった場合、誤解があるやもしれない。あの歌。。歌だけで、朝露の爽やかな「菜」に利益がある。自分はそうとっている。あの歌にはそういった新鮮な清浄な菜がある。
 だから実は、支配宣言の歌などという圧迫感のあるところは取らない。ほんとうは。。その菜をに分けてはいただけないだろうか、と王が菜摘の子供に直接話かけている歌ではないのかなあ。と素朴にみている。あれ、なぜ「娘」になるのだ?「児」と書かれているではないか。

 それであるなら天輪王と呼ばれるものに一番近い。もちろんそうである、なんて云っていない。そうであったら、そのぐらいの方だ、という意味である。それにそれこそ、荒唐無稽の夢だということはその後の歴史をもうみてしまった。そうであってもそれはなかなか捨てられないのも人情なのかもしれない。

 現実をみる。

 DSCN0015.jpg

 この本から。。まあ丁寧にみるべきなんだが。「二つ」確認する。もうひとつ重大なトピックはあっても。。

 。。現代人のものの見方、だと絶対納得し得ないそれがある。しかし、まあ自分はあまり気にしていないのだが。。そこはうまく書けない。
 というのは、それはある面、「気持ちのよい話」だから、誤解してしまうと。。危険な方法でもある。微塵もそんな意図がなくても。。受け取る側が加工してしまうことは避けたい。

 一つ書いておけば。。

 P1030259.jpg

自分はこの山に登ったことがある。この山がどこの山か知っていたらそれは理解できる。知らなければその境地の理解は難しい。無理と云える。門番の風神雷神に押しどどめられるに違いないから、ちょっと考えたほうがいいと思う。

 本題の二つのトピックを探す。

 DSCN0016.jpg

 ここに、十七条憲法全文がある。
 
 かえずがえすも申し訳ない。。題目にある「未来記」をここに持ってこないのはいささか不満である。しかし。。こちら。。

 現代に完全に残っている。これをみたら、どこにそれがあるか知っているかたも少なくない。そこだけでもないはずだ。

 ただ。。これ。。誤解してる。。る。。「さからうことなき」というのは、「怒りのない」という意味である。adosaという意味である。「逆らうな」っていう怒りとは違う。さらに、こういった否定の肯定表現は日本語にない。この一条、「亦」という言葉がある。この感じ。。並列の意味なんだろうか。前に見たときは、反帰の意味だったが。。万葉仮名でこういった「〜ない」という否定の表現はあったんだろうか。
 好き勝手な解釈はこのような悩みを生んでしまう。。先に行く。

 二条。三宝を敬え。仏法僧。。。ブッダ、ダンマ、サンガ、と言う話がここになぜか突然でてくる。突然である。この時代。。お経。。仏教伝来のときにその話があったんだろうか?そして、「三宝に帰る」という表現さえされている。。。帰依という言葉をつかわない、帰る、と云っている。敬え、と宣っている。この微妙な調整はとてつもないことと考えられる。しかし。

 しかし。。歴史の言葉の流れをみると。。仏法僧には、「行く」→「帰依する」と東へ伝わってきている。現在でも、「帰依する」という経の言葉。。ここでは「帰る」とつかっている。ここだけ特異点であるように思われる。
 これが。。帰依するとなると、それはちょっと、、という調整の結果「帰る」になったのか、また、「行く」という表現を知っていて「帰依する」というところを、その頃の日本語にして「帰る」にしたのか、というのは定かでない。

 行く、と、来る、が現在の標準語と違う使われ方をすることはある。だからこれは「三宝に来る」が日本語的な表現である。ただそれをとらなかったらしい。。。

 想像ではあるんだが。。「行く」→「帰依する」→「帰る(=行くという意味)」としたように思われるんだが。。ただ、組織的な文書でもあるがゆえに帰依する、という意味を、微妙に外してそうしたということも考えられる。同時にそうした、んだったら、万葉集ではそれはあるのだが。。事務文書でそれを行ったとしたらこれはもうちょっととてつもない。。。

 しかし。しかしだ。。

いやその。。さきほどまでみていたように。。この時代。。の、それをみたあと、いきなり「これ」がでてくる。これはすなわち、五戒である。不殺生戒なのだが。。

 それにしては。。ってさすがの素朴理解派の自分も。。立ち止まってしまう。また、そのとき伝わった経典の名すらない。仏教ではありえないからよくわからない。情報公開されないだけかもしれないが、それこそ仏教にそれはない。

 まあ、このように十七条憲法がここにあり、世間にも流布されていて。。むろんなぜか原作者の名前が消えているんだが。。おかしなことだ。。そこもいつか確認はしたほうがいいと思う。

 まあ長くなった。。ここではもう一つ。。未来記本文をみておく。

 未来記は。。600年ごろに、1200年ごろの未来をみた話である。それはまあそれでいいんだが。。

 ここは自分は不思議に思う、というところである。

 最後のパラグラフだけ。。なぜかこの1200年の話ではないように思う。

 「日域末世の中、彼の三悪魔流布せん」

 からのそれ。。この天魔波旬はほんとうに前段の3名を示しているのか?というのが自分の疑問である。また違う3名なのではないか?って思う。もっと書きたかったことがあったんではないか。聖徳太子ほどの方だとすると、「それはまあふつうその時代だしわかるだろう」と書かなかったんではないか。。などと思ってしまう。

 しかしまあどうであっても細かい詮索は不要である。「世の終わりまで」とムーラソーマ寺院の話がある。そこまで確認しないといけなかったのははなはだ不本意ではあった。

 

 あと冠位十二階もこの本にある。推古11年603年制定とあった。
 
 
posted by mon at 16:57| Comment(0) | 日記

海嘯

海嘯
DSCN0012.jpg

宋の話である。

 DSCN0013.jpg

1270年代の中国と図版がある。

 ひとつひとつ追っていくのが道理なのだが。。ここでは目下。。確認しているわけであった。水の話を確認しておくに留める。もしも、あとで時間があったらひとつひとつをみていくべきである。時間があったら、である。

 水源。

 複雑な経緯があり、そこが重要である。それについて単純に何事か云えるものでもない。ある視点では、たいへんに見苦しい。ある視点では致し方ない。ある視点では見事。。どれもとれない。傷ましい。

 「その結果、宋軍の水源を突きとめました。水源を急襲して占領してしまえば、宋軍は水を飲めなくなります。戦わずして勝利を得られると存じます。」

 一夜で。。

 この章ほど水を描いているものも少ないと思う。水を飲めない経験がある方はすくないし、それがどのようなものであるか想像できないから伝えられない。しかし、この話にそれがある。

 克R。強烈な命令。甲板に茶碗のくだける音が響いた。

 。。。

 書き添えておくのは、深く残っている言葉である。

 「お救いしたのなら、その御仁を師として終生つかえよ。それに値する人であることは疑いようがない。」

 である。


 情を離れて怜悧にみることはできないのだが。。宋軍、すなわち「宋」は、水源を軽んじていたわけでもなかったはずである。ただ。。

 「水源を守っている宋軍は少数であった。まさか水源を敵に発見されるとは思っていなかったのであろう」

 とある。その情報が敵に渡るとは思いもよらなかった。それを多分、油断というんだろうと思う。

 


 

 

 
posted by mon at 11:12| Comment(0) |