2015年07月29日

聖徳太子の正体

聖徳太子の正体
DSCN0028.jpg

P93 「隋書 東夷伝によると。。」

とある。これは。。

風よ万里を翔けよ
http://bunken.sblo.jp/article/157040524.html

 の時代。。

 「隋書 東夷伝によると開皇20年(600年)条に倭から使者が来たという記事がみえるが、同時に倭国の冠位十二階を紹介している。〜」

 そこからこの本はこの歴史を照合している。多少ずれがあるようなのだった。しかし冠位十二階は、
 
 すいすい社会
 http://bunken.sblo.jp/article/155931528.html

 の、聖徳太子、の項に当てはまる。それは、

 http://bunken.sblo.jp/article/157565479.html

 であった。

 つぎの章が、「聖徳太子の正体」という章である。

 もうひとつ。。P93から。。

 「サマルカンド(康国)の郊外にあるソグドの都城跡アフラシャブの壁画(描かれたのは七世紀末)が、1965年に発見されたが、中国人や東トルキスタン人に混じって高句麗人が描かれていた。」

 600年の話なのだが。。そうだったらしい。。1200年頃。。耶律楚材に、「サマルカンドの詩」がある。「河中府」とあったはずだ。。

 

 本が変わってしまっていて。。たぶんこれだな。。

 
posted by mon at 11:59| Comment(0) |
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