2015年08月08日

チェルノブイリの被害 鉛

チェルノブイリの被害
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とても2章はみていられないのだが。。もうちょっとみておく。

 P22 「放射能汚染に鉛汚染が加わり、生物への害が引き起こされる」
    「電離放射線は、細胞内のフリーラジカル。。生化学的酸化を引き起す。重金属。。。胃炎。。」

 とかある。

 放射線のほうはなかなか制御できないが。。フリーラジカル、酸化、重金属を防ぐことは一般書によくある話である。

 そこだけ。。は定量的に。。鉛だけは定量的に確実に排泄できることは一般的な知識である。

 だから、まあ確認して、鉛を排泄しておく、という態度である。

 細胞の話は2章にある。これらをどのように対策するのか、できるのか、ということはわからない。
 それは懸念ではあるが、方法が見当たらないから如何ともしがたいところがある。理解を進めていく以外にないだろう。それと同時に。。
 
 すみやかに鉛を排泄しておく。

 鉛は有害元素と理解されている。そのへんを定量的に確認するのがいちばん妥当だろうと考えられる。それは実行可能である。

 


 

 

 
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2015年08月07日

チェルノブイリ被害の全貌 汚染

チェルノブイリ被害の全貌 汚染
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この本は一度、
 http://bunken.sblo.jp/article/152563945.html

 こういう視点でみておくべきである。とりあえず自分の可能な対策を。。それが風呂と睡眠であっても確保しておく。

 。。この事故をもっと理解しておくべきである。「ふるさとの森」と聞いたら、もっと理解が違ってくる。

 そこだけでなく、よくみておくところがあるのだ。1986年の日本での観測が記されている。

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「1896年5月初旬および下旬に、チェルノブイリ由来の雲が日本の上空を2度通過した」

 スーパーでスパゲッティが安売りしていたからよく憶えていて不思議はない。

 「大気中のヨウ素131濃度が最大値に達したのは5月5日である。」

 日本の北西部で、チェルノブイリ以前の1000倍、また、微量のセシウム137降下が1988年末まで観測された、とのことである。

 こういう事故がチェルノブイリの事故である。そして定量的に観測されている。まずこれを理解しておかなければいけないと思うんだが。。

 もちろん意見の違う場合はあるのかもしれない。しかし、ヨウ素131の観測結果は事実に違いない。1986年の5月5日。ヨウ素131の観測結果。事実と認識するのが妥当と思われる。

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これが、ギリシャの地図である。自分はウクライナから海まで行く地理をあまり理解していないのでこのあいだみたばかりだ。。南へ。。ウクライナ共和国。ポーランド、ベラルーシと接していて。。西にスロバキア、ハンガリー、南にルーマニア、ユーゴスラビア。。

 その南がトルコとギリシア。。やっと海にでる。

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アンチモンとセシウムと放射線銀の図が三つある。これはセシウム137の図。

 もちろんギリシャは、ヒポクラテスの故郷でプラタナスの木がある。それすら汚したのか?。。ぐらいは。。考えてもいいところであると思う。歌を引用したいがやはり記事の特性から控えておく。プラタナスの木は鈴懸っていうらしい。

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このヨーロッパ全図はみておいたほうがいいと思うわけである。ブルガリや、ユーゴスラビア、ポルトガル、アイスランド、シチリア島ではまったく調査されていないそうである。祈るのに忙しかった、ということはあるのかもしれない。

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ヨーロッパを移動した雲。10日ほどかけて。。移動している。
 
 日本での観測では1988年末まで観測された、とある。

 セシウム134の図はないが。。おそらくのところ、1986−1988年の2年間。。2年の半減期の高エネルギーの崩壊がその期間。。その期間内になんとしてもそれを閉じ込める。。コンクリート化を行ったんだろうと推測できる。

 事実は自分はまったく知らないのだが、1988年末にコンクリートで固めることが終了した、と考えるのが妥当である。

 第二章に「健康への影響」が記載されている。「放射性物質の放出を制御するために事故処理にあたった数十万人の作業員(チェルノブイリのリクビダートル」とある。

 帯にこう書いてある。

 「本書の著者一同。。確実に、チェルノブイリの教訓から学ぶことが重要だと確信している。〜この経験が日本で役立つかもしれない。」

 という真剣な書物である。これほど深く届く「帯」も他に見ない。話を聞かない理由はない。

 

 これだけ離れた距離で1986年の5月5日にヨウ素131が検出されていること、と、定量的な観測が為されていたこと、1988年の末で止ったこと、は理解しておくべきである。

 慚愧に変えるべきであると自分は歌をきいてそう思うが、それを押しつける気はない。。しかし、上の事実は変えることのできない観測結果であると考えている。

 それが、ふるさとの森のことだった、と理解したら。。。
 
posted by mon at 21:49| Comment(0) |

41歳寿命説

41歳寿命説
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この本は、昔これを読んだとき、これだけは受け止められなくて、棄ててしまった本だった。昨今、「あの指摘が正しかったのか。。」と思わざるをえないことのほうが多く。。探していたところ入手した。

 1990年の本であった。

 この時点で既に、食べ物、環境への指摘、

 「毒物摂取」「タンパク質信仰」「欠陥だらけの栄養摂取」「空気と水」

 の分析から、「平均寿命を41歳説」を立ち上げられていた。

 著者の本は数冊読み。。もちろん楽しい本が多いのだったが。。この本だけは苦手で。。手元に残さなかった。

 もちろんそこから「短命化を避ける知恵」とあるが。。。著者は山の達人。。自分のようなものがおいそれとマネできることではないだろう、と棄てたんだった。

 

 昨今。。さまざまな警鐘がある。まず、1990年のこの本をみるべきでもある。

 おそらくここに、基本的なことが書かれている。。その上で。。現況をみるのが効果的だろうと考えられる。

 著者の「山小屋をつくろうよ」はずっと本棚に入れてある。山歩きするつもりだった小屋は。。

 
posted by mon at 14:16| Comment(0) |